FIELD GUIDE / 27 CARDS
GRASS 名前の図鑑
カード名は、1970 年代アメリカの言葉でできています。法廷の言葉と、売人の言葉。その二つが同じデッキに並ぶことが、このゲームの面白さです。27 枚の名前を、ゲームの来歴から順に読み解きます。
1. 名前は、二つの言葉でできている
GRASS のカードを並べると、言葉の種類が混ざっていることに気づきます。
- 法廷の言葉 — Bust、Felony、Search & Seizure、Immunity、Hearsay Evidence、Charges Dropped。
- 街の言葉 — Peddle、Market、Home Grown、Dr. Feelgood、Stonehigh、Sold Out。
前者はニュースや裁判で使われる硬い言葉です。後者は売人と常連が使う軽い言葉です。この二つが同じデッキに並ぶと、警察と売人の攻防が、そのままゲームの手順になるという仕掛けが見えてきます。
名前は飾りではありません。GRASS では、カード名が効果の説明になっています。だから名前を知ると、ルールが覚えやすくなります。
2. 1979 年、どこから来たのか
1979 年、アメリカ
GRASS は 1979 年に Euro Games から発売されました。作者は Jeff London。カードは麻布の袋(hemp bag)に入れて売られました。袋そのものがジョークです。
元ネタはカーレース
骨格は 1954 年の Mille Bornes(ミル・ボルヌ)というカードゲームです。1000 キロ先のゴールを目指し、途中でパンクやガス欠を食らいながら走るゲームでした。その元は 1906 年の Touring までさかのぼります。
GRASS は、その「走る」を「売る」に置き換えました。ゴールは $250,000。途中で止められるのは、パンクではなく警察です。
引退した警察官が作った、という話
Games 誌は 1982 年、このゲームを「引退した警察官が考案した」と紹介しました。取り締まる側が、売る側のゲームを作った。このねじれが、名前の選び方にも表れています。
Games 誌の Top 100 と、Cheech and Chong
Games 誌の Top 100 には 1980〜1982 年に入りました(独語版では 1986 年まで)。1980 年には「Cheech and Chong が待っていたカードゲーム」と評されています。Cheech and Chong は、1978 年の映画『Up in Smoke』で知られるコンビです。つまり、当時の大麻コメディの空気を、そのままカードにしたゲームでした。
grass は 20 世紀前半から使われてきた、大麻の俗称です。芝生と同じ綴りなので、タイトルそのものが二重の意味になっています。麻布の袋、芝生の名前、草の売買。最初から最後までジョークでできたパッケージです。
3. 警察の言葉 — Heat On / Heat Off
警察側のカードは、ほぼ全部が法律用語です。しかも、手続きの順番に並んでいます。
Bust — 手入れ、逮捕
警察が踏み込むこと。店が「潰れる」ときにも使う言葉です。ゲームでは相手の市場を止めます。いちばん直接的な俗語で、いちばん基本的な攻撃カードです。
Detained — 拘留
その場で捕まえられ、身柄を拘束されること。Bust より少し軽い段階です。ゲームでは、解除されるまで市場が止まります。
Felony — 重罪
アメリカの刑法では、軽罪(misdemeanor)に対する重罪を felony と言います。取引が大きいほど罪も重い、というわけです。ゲームでは、これも市場を止めるカードです。
Search & Seizure — 捜索と押収
アメリカ合衆国憲法修正第 4 条の言葉です。「不合理な捜索・押収を受けない権利」を定めていて、令状なしの家宅捜索を制限します。カード名としては、家宅捜索そのものを指します。法律の条文が、そのまま攻撃カードになっている例です。
Heat On / Heat Off — 熱と、冷ますこと
heat は「警察の目」「捜査の圧力」を指す俗語です。日本語の「お灸をすえる」に近い感覚です。Heat On は圧力をかけること、Heat Off は熱を冷ますこと。つまり、疑いを晴らすことです。
Immunity — 免責
訴追されない権利。証言と引き換えに免責を与える、という取引でも使われます。Bust を解除するカードなので、「警察をかわせる」わけです。
Hearsay Evidence — 伝聞証拠
人づてに聞いた話。法廷では原則として証言に使えません。噂話で重罪を立件するのは難しい、という理屈です。ゲームでは Felony を解除します。法律の知識がないと意味がわからない、いちばん玄人向けの名前です。
A Breeze to Fly — 飛ぶのは朝飯前
breeze は「楽なこと」。fly は「逃げる」。合わせて「逃げるのは簡単」という軽い言い方です。Detained を解除します。ここだけ法律用語ではなく、口語のジョークになっています。
Charges Dropped — 起訴取り下げ
検察が訴えを取り下げること。裁判になる前に話が終わります。Search & Seizure を解除するカードです。手続きが止まれば、捜索も終わるという対応です。
Pay Fine — 罰金
罰金を払って片をつけること。ゲームでは、市場のいちばん安い草を罰金として差し出し、ヒートを解除します。金で解決する、という現実的なカードです。
4. 売る言葉 — Peddle と産地
Peddle — 行商する、売りさばく
peddle は「戸別に売って回る」という意味です。drug peddler と言えば、密売人。ゲームでは Peddle カードが売上そのものを表します。動詞が名詞になった、いちばん素直な名前です。
Market Open / Market Close — 市場の開閉
路上の売買を「市場」にたとえています。株式市場のように「開く」「閉じる」と言うのが、このゲームのノリです。Market Close を出すと、そのハンドの商売は終わり。閉店です。
Home Grown / Mexico / Colombia / Jamaica / Panama — 産地と値段
Peddle カードの名前は、ほぼ産地です。自家栽培の Home Grown が $5,000 でいちばん安く、輸入ものは高くなります。メキシコとコロンビア、ジャマイカ、パナマ。1970 年代のアメリカ市場のルートが、そのまま値段になっています。
| カード | 値段 | 名前の意味 |
|---|---|---|
| Home Grown | $5,000 | 自宅栽培。手間はかかるが安い。 |
| Mexico | $5,000 | いちばん近い輸入ルート。定番。 |
| Colombia | $25,000 | 南米の産地。品質と量で高値。 |
| Jamaica | $25,000 | カリブの産地。名前が知られている。 |
| Panama | $50,000 | 中米。積み替え地点としても重要。 |
| Dr. Feelgood | $100,000 | 「気分を良くする先生」。最高値。 |
産地の名前は、品種の名前でもある
Peddle カードの名前は産地ですが、1970 年代のアメリカでは、産地がそのまま品種の呼び名になっていました。
- Panama Red — パナマ産の赤い茎の系統として知られる名前。
- Colombian Gold — コロンビア産。金色の毛と強い香りで語られる。
- Acapulco Gold — メキシコ・アカプルコ産。当時の代表的な名前。
- Jamaican — ジャマイカの系統。ラムズブレッドの名でも知られる。
ゲームのカードは特定の品種を指すのではなく、産地と値段の関係を表しています。品種名は流通上の呼び名で、同じ名前でも中身が違うことがあります。
Dr. Feelgood — 気分を良くしてくれる先生
「気分を良くしてくれる先生」というあだ名です。強い薬を気前よく出す医者や、それを渡す人を指しました。1970 年代には同名のバンドもいます。ゲームでは $100,000 の最高値。しかもこのカードだけは Protect で守れません。いちばん怪しくて、いちばん危ないカードです。
5. 快楽と恐怖 — Nirvana / Paranoia
Nirvana — 涅槃
悟りの境地。いい trip の比喩です。ヒートを全部解除し、各相手から草を 1 枚もらい、もう 1 回自分の番になります。名前のわりに、やることは強欲です。
Stonehigh — 石のように high
stoned(石のように動けないほど酔う)と high を組み合わせた名前。Nirvana の中では、各相手のいちばん安い草をもらいます。Euphoria は逆に、いちばん高い草をもらいます。
Euphoria — 多幸感
医学用語でもある「多幸感」。1 枚しか入っていない、レアな Nirvana です。
Protect — Lust Conquers All / Grab a Snack / Catch a Buzz
市場の草を守るカードです。名前はどれも快楽的です。
- Lust Conquers All — 「愛欲はすべてに勝つ」。古い格言 love conquers all のもじり。
- Grab a Snack — 軽食をつかむ。大麻のあとの空腹(マンチーズ)のこと。
- Catch a Buzz — 軽く high になること。
守るカードなのに、名前は遊び。この落差が GRASS らしさです。
Paranoia — 妄想
使いすぎたときに出る不安。ゲームでは、自分に不利な効果を持つカードです。場に出すと全員が左隣へ手札を 1 枚渡します。手札に残すと減点。
- Sold Out — 売り切れ。同時に「密告されて売られる」の意味もあります。二重の意味が効いた名前です。
- Double Crossed — 二重の裏切り。仲間に売られること。
- Utterly Wiped Out — 完全に消し飛ばされること。市場ごと失います。
Skim — 上前をはねる
skim は「上澄みをすくう」。そこから「上前をはねる」の意味になります。Skim のカードは 2 種類です。
- Steal Your Neighbour's Pot — 隣の pot を盗む。pot は大麻の俗称で、植木鉢の意味もかかっています。
- Banker — 銀行家。精算時に、相手の守っていない草の 20% を手数料として取ります。
6. 名前がゲームの仕組みになっている
ここまでの名前を並べ直すと、ゲームの流れが見えてきます。
| 段階 | カード | 意味 |
|---|---|---|
| 1. 売る | Market Open → Peddle | 市場を開いて、草を置く。 |
| 2. 止められる | Bust / Detained / Felony / Search & Seizure | 警察の手続きが進む。 |
| 3. 逃れる | Immunity / Hearsay / Charges Dropped / Pay Fine | 法廷と金で片をつける。 |
| 4. 守る | Protect / Banker | 資産を安全な場所へ。 |
| 5. 締める | Market Close | 閉店して精算。 |
Mille Bornes では「止められる → 直す」でした。GRASS では「止められる → 法廷で戦う → 金で払う」になっています。カード名を変えるだけで、同じ仕組みが別の物語になったわけです。
GRASS の名前は、法律用語の硬さと、売人言葉の軽さをわざと衝突させています。Bust の次に Sold Out が来る。Felony の解除が Hearsay Evidence。この不揃いさが、1979 年のアメリカの空気をそのまま閉じ込めています。
7. 大阪弁で読み替える
このゲームの英語は、法廷の硬い言葉と街の軽い言葉が混ざっています。それを大阪弁に置き換えると、ちょうど同じくらいの温度になります。意味と並べてみました。
警察と法廷
| カード | 意味 | 大阪弁やと |
|---|---|---|
| Bust | 手入れ・逮捕 | あかん、ガサや! |
| Detained | 拘留 | ちょっと来いや |
| Felony | 重罪 | 大ごとやで |
| Search & Seizure | 捜索と押収 | 家探しや! |
| Immunity | 免責 | おとがめなしや |
| Hearsay Evidence | 伝聞証拠 | 又聞きやで |
| A Breeze to Fly | 楽に逃げる | 朝飯前や |
| Charges Dropped | 起訴取り下げ | 話、なかったことにしよ |
| Pay Fine | 罰金 | 罰金払うたろ |
売る
| カード | 意味 | 大阪弁やと |
|---|---|---|
| Peddle | 行商する(カードの種類) | 売りさばくで |
| Market Open | 商売開始 | もうかりまっか |
| Market Close | 閉店 | ほな、閉店や |
| Home Grown | 自家栽培 | うちで育てたんや |
| Mexico | 産地 | メキシコもんやで |
| Colombia | 産地 | コロンビアもんや |
| Jamaica | 産地 | ジャマイカもんや |
| Panama | 産地 | パナマもんや、ええで |
| Dr. Feelgood | 気分を良くする先生 | ええ気分にさせたるわ |
気分と裏切り
| カード | 意味 | 大阪弁やと |
|---|---|---|
| Nirvana | 涅槃(カードの種類) | 悟ったわ |
| Stonehigh | 石のように high | 石みたいに固まってるわ |
| Euphoria | 多幸感 | えらいええ気分や |
| Lust Conquers All | 愛欲はすべてに勝つ | 色気には勝てへん |
| Grab a Snack | 軽食 | なんかつまもうか |
| Catch a Buzz | 軽く high になる | ちょっと一服 |
| Paranoia | 妄想(カードの種類) | ビビってまう |
| Sold Out | 売り切れ/密告 | 売り切れや、売られたわ |
| Double Crossed | 二重の裏切り | 裏切られてしもた |
| Utterly Wiped Out | 完全に消える | わやや、全部消えた |
| Steal Your Neighbour's Pot | 隣の鉢を盗む | 隣の鉢、もらうた |
| Banker | 銀行家 | 銀行さん、手数料やで |
大阪弁は関西の話し言葉で、地域や世代で違いがあります。ここでは、意味が通る範囲で遊んでいます。ゲーム内のカード説明と図鑑にも、同じ当て名を入れました。
8. スラング用語集
| 言葉 | 意味 |
|---|---|
| bust | 手入れ、逮捕。失敗して潰れること。 |
| catch a buzz | 軽く high になる。 |
| detain | 拘留する、引き止める。 |
| double-cross | 裏切る。二重の裏切り。 |
| euphoria | 多幸感。 |
| felony | 重罪。 |
| grab a snack | 軽食をつかむ。空腹対策。 |
| heat | 警察の目、捜査の圧力。 |
| hearsay | 伝聞。人づての話。 |
| lust conquers all | 愛欲はすべてに勝つ。 |
| nirvana | 涅槃。悟り。 |
| paranoia | 妄想、偏執。 |
| peddle | 行商する、売りさばく。 |
| pot | 大麻。植木鉢。 |
| protect | 守る。 |
| search & seizure | 捜索と押収。 |
| skim | 上澄みをすくう、上前をはねる。 |
| sold out | 売り切れ。密告されて売られること。 |
| stone high | 石のように動けないほど high。 |
| wiped out | 完全に消し飛ばされる。 |
9. 出典と、断定しないこと
このページの来歴は、次の資料にもとづいています。
- 英語版 Wikipedia「Grass (card game)」— カード構成、Games 誌の評、Mille Bornes との関係。
- 独語版 Wikipedia「Grass (Kartenspiel)」— 104 枚の内訳、スラング用語集、ゲームの流れ。
- 伊語版の公式ルール(goblins.net 配布 PDF)— ターン手順、カード効果、精算順。
- Games 誌 1980〜1982 年の Top 100 紹介(Wikipedia 経由)。
語源の説明は、当時の俗語としての意味をまとめたものです。なかには複数の解釈がありうるもの(A Breeze to Fly、Dr. Feelgood など)も含まれます。断定できないものは「〜という意味」「〜というあだ名」と書きました。法律用語の説明は一般的なアメリカ法の用法にもとづく要約で、法的助言ではありません。
ゲーム名・カード名は原典のものです。本作は個人で遊ぶための移植で、実物の大麻は扱いません。